高校野球の予選大会を観たこと

高校野球の予選大会を観たこと

高校野球の地区予選が始まっています。

予選は地区ごとに、あちこちの市民球場で行われます。

先日、市の放送番組をつけたら、市の球場のひとつで行っている予選が放送されていました。

高校の野球に関しては高校の頃も、学校が予選に参加して少し勝ち進んでいた年がありましたが、

正直興味がありませんでした。

普通自分の通う高校が勝ち進めば興味を持つらしいですし、実際に応援に行った人もたくさんいたらしいです。

校風が結構個人個人で楽しめる空気があったために、呼び掛けのようなものもなく多くの人が、

自分独自の楽しみ方をして過ごしていた記憶があります。

高校野球というと、野球部の強いことで有名な私立高校同士の試合ばかりでした。

普通の入試で合格した生徒が、限られた時間と場所で部活動をして勝ち進む、という構図はあってないような気がしていたのです。

事実優勝校は、有名な私立の高校ばかりです。

しかし先日の予選では、甲子園常連校を相手に、

自分でも名前をおおよその場所を知っている公立の高校が一歩も引かず試合をしていました。

野球のルールが分からず、これまで興味もなかった自分ですが、結構真剣に試合を観ていました。

自分はどちらの高校にも関係ないのですが、観ていると結構ハラハラし目が離せなくなります。

打ち上げた球をしっかりとキャッチした時や、走り込んでセーフで満塁になった時には、

本当に観ているだけで緊張するのです。

この試合、すぐに終わるとのんびり構えて観ていたのですが、延長に延長を重ねました。

応援席の子が応援しながら泣いている気持ちも、なんだか分かりました。

きっと、どちらの高校も祈る思いで試合を観ていたと思います。

そしてこの試合、同点の延長というとんでもなく緊迫する場面で、放送時間を迎え観られなくなってしまいました。

ちょっとここからなんだよと思いつつ、仕方なくテレビでの観戦は終了しました。

後で結果を観ると、公立の高校が勝利していました。

それまでの戦いを観れば、どちらも必死に頑張っているのはよくわかっていました。

どちらが勝ったからと手放しに喜んでいいのかどうか、という気持ちもありました。

あの一日、あの一試合のために、小さな頃から野球を続けてきた方や、

遠くから学校へ通い、朝早くからの練習や夕方の遅くまでの練習に休みなく参加し、

授業も学校行事も頑張ってきた方もいるでしょう。

その努力や損得勘定ではないひたむきさには、本当に頭の下がる思いでした。

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作家さんの投書を見つけたこと

随分前の新聞ですが、まだきちんと目を通していなかったものは、

目を通してから古新聞に出すようにしています。

逆にいうと、読んでいないものは、日が過ぎてしまっても、置いたままになります。

夏になり部屋をきちんとしようとした時、すぐに片付けられないのが、

そうして自分で溜めてしまった新聞なのですが開いてみると、意外な発見があるものです。

四月の新聞の投書に、赤川次郎さんの名前を発見しました。

内容は、橋下氏への国歌斉唱義務付け、補助金削減の独断的な政策へのご意見でした。

知っている赤川次郎さんの、はっきりとした意志の現れた投書を読んだのは初めてでした。

つい最近まで、三毛猫ホームズのほんわかしたドラマを見ていたというのもあったかもしれません。

赤川次郎さんの作品で昔読んですごく怖いと思ったのは、短編集でした。

ちょっと風変わりな伯母さんに、いいお見合い相手がいる、と言われ、姪が伯母さんの家に呼ばれるのです。

このお話は、どろどろとした怖さとは無縁の、ぞくっとくる怖さがありました。

その後、鈴木光司さんの作品や、岩井志麻子さんの作品、と、一時期ホラー小説を中心に読んだ時期がありました。

ホラー小説というのは本当に、読んでいるとやめられなくなり、読んだ後怖くて暫く呆然とします。

中でも鈴木光司さんの作品は、読んだ直後に「読まなければよかった」と後悔するくらいの怖さでした。

「増殖」というキーワードを見つけた箇所の怖さは、ジェットコースター級という気がします。

ただ新たに読むホラー作品のたびに、読まなければよかったと後悔しつつ読み続ける一方で、

あの赤川次郎さんの短編は、自分の中での怖いリストとは別の場所にあるように思うのです。

小説は必ずしも重さ、長さではないんだとということを、

言葉でなくその作品とインパクトで示された気がしたのです。

その赤川次郎さんが、文芸誌などではなく、

新聞の一般の人の意見の欄に敢えてご自身の意見をハッキリと書かれていたことが驚きでした。

読んでいない新聞はきちんと畳んであるもの、部屋の一角を確実に占拠し、

いい加減に片付けなくてはと自分自身でもうんざりするところがあったのですが、

やはりこうした記事を見つけられたということからも、新聞に目を通すことは大切だと思いました。

最近きた新聞は溜めずに目を通せているのでもう暫く、溜まった新聞を読み、片付けていこうと思います。